市議会選挙

市議会選挙は24日。長い我慢だった。なんだって毎朝、駅であいさつする人にあっていたんだから。今日なんて、3人もただただあいさつする人がいた。小田原駅には3つのあいさつ集団がいた。ただの人ではなく、議員候補者なんだけど。魂胆のあるあいさつは、あいさつではない。駅前で演説したのは、いつもあいさつしていた人ではない。いつものあいさつ候補者は、あいさつしながら他の候補者の演説を聞いていた。間が抜けた光景だった。

民度程度の議員しか選べないという話もあるが、選びたくても選べなくて棄権する市民も多いのではないか。あまり政治に関心のない人が投票し、よくわかった人が投票しない。これは民主主義の危機なのだが。

そうはいっても議会が「うん」といわないと、予算が執行されない。もちろん、しっかり見定めて1票は投じるつもりだ。

ところで、この震災でいかに首長の力量が地域の存亡を左右することがわかった。公に生きる、その責任の重さ。行政職員も同じだ。国の政治家や官僚とは違う。地を這うような苦労の中にいるのだと思う。では、そういう状況で市議や町議や村議は、どんな役割をしているのだろうか?知りたいものだ。

福島県田村市長が、市独自に放射能検査をしようとしたら国に止められたというが、補償金を餌に国のいうことを聞けと言われなければよいが。