[俳句]立夏

newmoonakiko2007-05-06

今日は朝から雨。一筆水に塗られたように木立の様々な色が溶け合う。いい季節だ。今月は、最近ご無沙汰の句会に出たいと思う。なんとか、俳句の頭にしなくては。風景を文字で写生する時、普段の言語脳とは別な脳のフレームをまず作らなくてはならない。これが、結構難しい。俳句ばかり作っている人は、俳句脳になっていて、ほとんど17文字で考えている。正確にいうと、17文字で考えるのではなくて、17文字を考えている。普通ではない。素人は、1句や10句は作れる。が、その後が作れない。頭に俳句脳が構築できないのだろう。では、どうすれば、頭が俳句になるかといえば、毎日俳句を作ればいいのである。毎日たくさん作った人は、誰も認めなくても立派な俳人である。日本全国いったいどのくらいの俳人がいるのだろうか。作った数だけ俳句があり、作った人だけ俳人になれる。
しかし、俳句脳に徹するとある種の世界観に達する。いや、逆か。このあたりが、実に微妙だ。句集「谷間の家具」。今井聖のパソコン編集版の句集。今井聖さんが主宰する「街」の同人に頂いた。「写生」という名で語られてきた古い情趣の呪縛から、活き活きとした瞬間の風景を解き放ちたい、そう願っているという。
芍薬の手に余りたる重さかな
これは見たまま。
芍薬や劇二幕目(ふたまくめ)始まりぬ
なんか、始まりそうだぞ。