Japan Relents on U.S. Base on Okinawa

23日のニュヨークタイムズにこういう記事が掲載されている。http://www.nytimes.com/2010/05/24/world/asia/24japan.html
沖縄問題で日本がアメリカに軟化した
記事は、「屈服」とまでの強い論調ではないようだ。アメリカ側からみると、アメリカは日本との交渉で勝ったことには違いない。日本は負けたわけだが、アメリカと本気で交渉したのかが、国民には見えない。名護市市長選の結果と国の政権交代によって、普天間基地の県外移設は、国民の間違いのない総意になったのだ。このことは、日本国民よりも良識のあるアメリカ国民の方が、よく理解しているのではないか。世界で一番の民主主義の国なのだから。ただ、現時点での民主党政権の限界はわかった。

平和が机上の空論ならば、抑止力も机上の空論である。戦争が作られるように平和も意思的に作り上げなくてはならない。普天間基地移設問題に付随する一連の出来事を正確に分析していくことは、マスコミの責任だと思うが、それがうまく機能していないとすれば、国民ひとりひとりが学習するしかない。

そもそも1995年のアメリカ兵の少女強姦事件から普天間基地の移設が決定されたことをゆめゆめ忘れないで欲しい。戦争のための道具になる人間=軍隊を作るのは、21世紀にもなって野蛮な行為ではないか。戦争をして利益を得る一部の人々のために尊いいのちを犠牲にしてはならない。大阪府知事は、大阪にそれ相応の負担をする覚悟があると発言した。基地をつくるということは、抑止力よりも攻撃の対象と自らなることである。そして、いつ起こるかわからない戦争よりももっと怖いのは、日常的に住民を危険にさらすことだ。それ相応の負担の内実をリアルに考えた首長の発言だろうか?

ひとり、大阪府知事だけではなく、日本人が試されてるってことですね。