産婆さんはどこにいった

newmoonakiko2007-08-30

奈良県で妊婦が、9軒の病院をたらいまわしされたあげく流産した。「とにかく、引き受けてやろう」という医者がいなかったのか、と誰もが思ったに違いない。少子化対策とかいうが、生まれること事態が、もっといえば妊娠すること事態が今の世の中奇跡に近い。ともかく、産科は、需要が少なく、(妊婦は客である)しかも、リスクが大きい。私は、しみじみ思うのだが、産む現場を医学に渡したところに大きな間違いがあったのだなぁと。そもそも、女性の体は、子を産むようにしくまれているのだ。あとは、子をとりあげてくれる人がいればよい。本来、その役目は、産婆と呼ばれる女性だった。実際、50年前までは産婆さんが、妊婦につきそい、子どもをとりあげてきた。子産みの現場が女性から男性に代わって、たかだか100年にも満たない。出産を医学に囲い込まれたことで、女性の力は弱まってしまった。若い母親は、「もう、2度とあの苦しさは味わいたくない」という。出産が、非常に不自然になってしまっているのだろう。月満ちて、人は自然に生まれてくる、そうした女性の体の豊かさを出産で味わえなくなってしまった。子どもは、母親の産道を通る時のことを覚えているという。出産時のありようが、のちのちの親子関係を決定づけるともいわれている。
おばあちゃんや母親の経験と知恵をつなぐことで、完璧な子産みはできる。しかし、その頼りの先輩たちも、「なにかあったら困るから、とにかく、医者のいうことを聞きなさい」とアドバイスする。全面的に頼りにされた産科医。つらいでしょうね。今は、出産時には助産婦が立ち会うことが義務つけられているが、あくまでも、医者が出産の指導権を握る。しかし、そうしたばかりに医師は、子産みの現場から逃げ出したように思える。再び、産婆制度とはいわない。せめて、産む場所は確保していて欲しい。同時に医者がいなくても、本来は産めるんだという女性の身体意識も思い出して欲しい。

1950年の母子手帳。自宅で産婆さんに取り上げられた私も、自分の子どもは、当たり前のように産科で産みました。母親自体が健康で、しかも余計なことをしない、医者だったので、実に安産だった。出産のリスクが大きいのは、やはり母体の危機。出産費用を税金でまかなうのもいいが、回り道でも、いのちを産み育てることのできる健康な若者の身体つくりこそ、特に女性の、大事だと思う。