[暮らし]原発をどう乗り越えるか

シンポジュウム「原発をどう乗り越えるか」。福島県飯館村で活動する環境ジャーナリスト小澤祥司さん、震災当時いわき市在住で今は神奈川と静岡の境に避難するマクロビオティクの専門家橋本宙八さん、放射線量がきわめて高い川内村で暮らす自給自足コミューン「漠原人村」村長風見正博さん。放射能とは闘わず逃げることで生き延びることを選択した橋本さんと、放射能という絶望を抱えてもなお大自然の摂理に従うという意志を捨てない風見さん。ことに風見さんの慟哭。それがこの原発事故のすべてだと150人あまりの参加者は感じたに違いない。小田原まで来ていただいて、ありがとう。無念と光をちゃんと受け止めました。

そして、会が終わって浮かんだのは当事者主権という言葉だ。上野千鶴子・中西正司共著「当事者主権」の中で、当事者主権とは何よりも人格の尊厳にもとづいている。主権とは自分の身体と精神に対する誰からも侵されない自己統治権、すなわち自己決定権をさす。私のこの権利は、誰にも譲ることができないし、誰からも侵されない、とする立場が「当事者主権」である。被災地であればこそ、この「当事者主権」は尊重されなくてはならないと思うがどうなのだろうか。自然の脅威の前には主権もなにもないのだが。しかし、生きている人には厳然として主権はあるのだ。

さて、原発をどう乗り越えるかは原発をやめることによってしか実現しないし、乗り越えた先の共通した世界観を持っていなくてはならない。たくさんの先輩たちが、核廃絶、公害問題、そして反原発という国民運動を起こしてきたが、いつも果実を手に入れることはできなかった。

橋本さんも風見さんも、小田原のお茶農家もJAの人も、小学生を持つお母さんも、こんな日本はいやだということではないか。同じ思いの中で生きているのだから、その底にあるもを解決することはできる。主権者であるそれぞれが、つながる最後のチャンスと思いたい。
理想郷を目指してきた風見さんの身に降ってきた放射能 
目覚めは苦しいが動いていると妙に元気になるという